昨日、主観的には今日、は三軒茶屋のアンダーグラウンド小屋、ヘブンズ・ドアでライブイベントに出演しました。
(さて冒頭の「主観的には」表現については後ほど報告します。)
書くことが無数にあるので困っています。
しかしながらこのブログはその都度思ったことを無駄に書きなぐるスタイルにしておるため、昼間書こうと思っていたことをいざ書き込む際に思い出せなかった故に書けないということが逆に無数にあるといえるでしょう。
早速むだを感じた。この冒頭の文章に。
(みなさんが無駄と感じるように私自身も無駄を感じているのです)
(↑今読み返していたところこの括弧書きの中身がどうしようもなく無駄で笑えた)
最近考え事をするときに、いや考え事というより自転車に乗りながらただズズズと脳がだらだら物を思う時に、このブログを書いている時のように文章を組み立てながら考えたりしてる自分がアイティナイズドされていて心から憎い。
で、面白いことを思いついてしまったら、いかんこれは後ほど是非カキコしたいぞよぽぽぽ、なんつて、初めての買い物でメニューを繰り返す古典的マンガ雛形のように繰り返し「うんこ携帯、うんこ携帯、うんこ携帯」なんつて唱えてみるものの、ワンレンボディコンギャルが通り過ぎた日にはもう忘れてしまうような脆さ、危うさ、あるよね。
でた、ここまで100%無駄話。
消せば取り返しがつくブログというメディアながら無駄話と言いつつそのテキストを残す俺、こーんなーぼーくです!って何の歌だっけ?この歌好きじゃない。
よし、いい加減昨日の話、主観的には今日のはなしをします。
【まさかのこのタイミングで「主観的には」について言及】
「明日休みだっけ?」
「そうだよ」
「マジで?」
「そうだけど」
「絶対に絶対?」
「日曜は休みだよ」
「イェーイ今日はもう12時すぎて日曜です、明日は月曜だから休みじゃありましぇーん!」
みたいなやりとり、嫌いじゃないですけど、
”何もしてないと言いつつ息してるじゃん系”に属する小学生レベルツッコミの一つ(であり財産であると感じます)(英語でもこういうからかいはあるのでしょうか?)ですが、
これをこのツッコミを先手を打って防ぐ手法を俺の大学の先輩であり知的財産の第一人者である、とある人物が開発したため俺も使った次第です。
その男は音楽をたしなみ作詞作曲などもかつてしておったのですが、我が心に深く刻まれた歌詞の1行が本エントリーのタイトルにもなっておる「スター・トレック風の奴がお前を迎えに来るぜ」というラインです。
この1行、たったこの1行にあらゆるSFがその冒頭で持ちたいワクドキ感を込めているのでしょうか、何も知らない俺&水面下で着々と進んでいた組織の陰謀、みたいな雰囲気?聴くものを一気に巻き込まれ系SFの主人公へ誘う雰囲気が素晴らしいよね。
ここまでの文章を分かっている人はほぼいないと見た。また、分かりたいと望んでいる人もほぼいないと見た。
よし、いい加減昨日の話、主観的には今日の話をします。(若干の既視感あるよね)
今日はライブだったのでいつものようにチャリで三茶へ。
中野通りを走っていると視界の隅、車道の向こう側でチャリンコをこぐイエス・キリスト似のおじさんとすれ違う。
すれ違ってからふと記憶の奥からよみがえるその人ジーザス堀江さん。多分そう。
視界の隅で見えていたあのイエスぶり&ダサいTシャツは間違いない。
(ダサいTシャツというのが堀江さんだと断定できた決定的要素であることを、彼を知る人は大きく頷いて納得してくれるだろう)
うお久しぶりっすね!なんつて声かけるにはちょっと通り過ぎ過ぎた。時間は取り戻せない。
今や堀江さんは信号待ちで止まっている車の左にあいた隙間をツツツとすり抜ける途中であり、自転車を乗る中で最も細心の注意を払うべき場面(もうひとつは、路駐している車の右横を通り過ぎる際にドアがいきなり開かないかを目と耳と第六感で感じながらすり抜ける瞬間である!)(その瞬間俺は毎回、鉄割のきりんちゃんが突然開いたドアに接触し大コケしたという話を思い出すのです。)なので声をかけませんでした。
ジーザスとすれ違い1分後、俺の人生の中で最も思い出深いすれ違いをした交差点、中野通り×甲州街道がやってきた。
その昔、同じくライブに向かう途中にオレンジ号に跨る生前の忌野清志郎氏とすれ違った交差点なのです。
そんな素敵な思い出に堀江さんが参加してくれました。喜ぶべきか悲しむべきか、もうおわかりですよね?
ここまで、かろうじて少しだけ主観的な今日の話をすることができたが特に本質ではないのが悲しい。意味のない事柄が排除された世の中になって欲しい。俺のためにも君のためにも。
ライブの話をすると、今日はバンドみんなめちゃいかしてたわ。
1個目のん、ドラムのばたばたしてる感じとか好きよ。曲の感じ、ちょい和でうまいこと、ダンスビートとかね、うまいことやりはるわ。そう思ったよ俺。でジンジンの元バイト先仲間だったり、俺の高校時代の後輩の大学時代の後輩だったり、そういうつながりのある高青年たちでした。カッコよかった。
あとうちらの1個前のん、ニュージェネレーションな感じで超いかしてはった。ゼロ世代ちゅうの?もうゼロ世代は無いの?ゼロ世代ももはや10年前か、じゃあなんちゅねん、わてほんまによういわんわ。でもよかったす。また今度やりましょう。みたいな声かけも出来ませんでしたけど。
この、バンド名を明記しない感じ?やらしいわ。なんか検索とかでたどり着かれて読まれるのも恥ずかしいやんか。そうでもないか。ひとつはバンド名をよく覚えていないこともある。そんなんググればすぐわかるやろ。No!ググれば何でも情報が手に入る便利な世の中へのアンチテーゼでもあるのだ。
適当すぎる文章が長すぎた。文字ばかりのブログなんて読む気がしない。ここで写真を載せよう。

おお、読みやすい。写真は本件とは全く関係なく、アップロード済の適当なものを選んだだけである。
【うんこが携帯とごっつんこした話】
今日出番前(此処で言う今日が主観的であることはもう言わずもがなと信じたい)、うんこをしてから腰をあげたら携帯電話を便器に落とした。ビビった。ただビビっただけではいかんのでスグに手を突っ込んで電話を救った。掬った。
そん時確かに右手がうんこに触れた。気がした。スーパーで納豆を手にとろうとしたときに同時に手を伸ばした隣の若奥さまの手に触れてしまったのとは全く違う、それは確かにうんこであったといえる。我糞する故に糞あり。
※お食事中の皆様すいません(飯くいながらブログみてるようなお行儀の悪いナガラ族に謝ることないか。謝ってすいません。)(逆にスカトロ趣味の方には朗報だったね!)
急いで電源を切り充電池を取り出しトイレットペーパーでくるもうとしたらカラカラカラ空だ紙切れた、見上げる、上の棚にある予備を出してくるくる手に取り電話をくるむ伊達。で振る。テニスのサーブみたいに振る振る。床には電池の蓋と充電池転がる。ここまで、拭かれない尻はもちろん仕舞われないままに。「尻はもちろん仕舞われないままに」、サザンの歌詞みたいだね。
情け無さや哀愁を感じてる場合じゃないもうすぐ出番だ。気をとりなおしてトイレを出る。(もちろん拭いて仕舞って後である)(手ももちろん洗って後である)。
はははまいっちゃったぜー顔でメンバーやスタッフに電話をトイレに落としたことを伝え同情を買う。
ただしその時点でうんことごっつんこしたことだけは言い出せなかった。何も言えなくて夏。ぷ〜ん。
職も失い電話も失った俺に残されたのは最高のライブをすることだけだぜなんて思ったわけじゃないけど良いライブできたヨありがとうunko!(電話は今扇風機の前で完全な乾きを待っていますトホホホ。)